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古い樫で組まれたアーチは白いペンキが所々が朽ちて、
その上にある金メッキの【待合室】のプレートをうやうやしく掲げている。
室内はもう既に多くの人々でざわめき合い、再会の喜びが満ち満ちているかのようだった。
そんな中、待ち人はすぐにジョオとエイミーの姿を認め、奥の席から立ち上がると大きく手を振って見せた。
マーチ家の長女メグ−マーガレットである。

数年を経て婚約者カール=ブルックと結婚したメグは既に家を出ていた。
懐かしい歳の近い姉との久しぶりの再会はジョオの心を旧友と会うような感激で包んだ。
メグもまた感慨に満ちた瞳で、遠い場所で夢に向かっている妹たちを代わる代わるに見つめ、
小さな娘たちにするように両腕で招き二人を抱きしめた。





ジョオはメグに抱かれながらふと彼女の髪から懐かしい家のものとは違う香りを感じた。
それはきっとブルック家のもののはずだった。
昔はそうなることがとっても嫌だったはずなのに…ジョオはなんだかそれが可笑しかった。
そして今はそれがとてもあたたかく優しく、何よりカ強く感じられるのだった。

「…二人とも元気そうね。」
そしてメグはジョオの顔をしげしげと見つめながらメグは言った。
「ジョオは少しやせた?」

「私は全然平気よ、それよりベスは…。」
ジョオがそう言うと、メグはエイミーと顔を見合わせ、少し悪戯な笑みを浮かべた。
「ごめんなさいジョオ、それは口実なの。」

「だって、そうでもしないとジョオはニューヨークから出てこないでしょ。」
エイミーが相槌を打つ。

「今回はどうしてもジョオにも来て欲しかったのよ。」
メグは優しくたしなめるように言った。
「…分かってくれる?」

「いいのよ、私もずっと来てなかったのは悪かったわ。」
ジョオは鼻の頭ををかきながら言った、自分にも少しばつが悪い所があったのだ。

「まァ、珍しく素直なのね、ジョオ。」
とエイミー。
「それともニューヨークでの作家生活がジョオを大人にしたのかしら?」
「‥あんたはロンドン暮らしでも相変わらずね。」
わざと鼻にしわを寄せながらエイミーに向けるジョオ。
メグはそんなジョオの態度に安心したのか、改めて笑顔をほころばせた。

     *     *     *

姉妹たちの話は全くもって尽きなかったが、
メグの導きでようやく重い腰を上げ駅舎を出た。
駅前の往来は行き交う人々に迎えの馬車も多く、駅以上ににぎわっていた。
メグは二人に先立ち、往来の陰に止まっている一台の馬車を指差した。
古いが頑丈そうなその馬車は百姓が使うそれで、荷台にはたくさんの飼い葉が積んであり、
御者座には男が一人、麦わら帽子を目深にかぶり昼寝をしていた。





エイミーは馬車を見るなり顔をしかめた。
「…なぁに?このオンボロ馬車。
こんなのに乗って帰らなきゃいけないの?
もっと良いのを借りれば良かったのに…。」

そんな妹をたしなめるようにジョオは言う。
「あら、でもこの飼い葉はとっても柔らかそうじゃない。
ブルーミングデールズ(百貨店)にもこんな上等のクッションは無いわよ。」


「‥待たせてしまったわね、ごめんなさい。」
メグの言葉に男は麦わらを取り、上体を起こして言った。

「いいんだよ、姉さん。」
それは燃えるような赤毛の見知らぬ若者だった。
そしてジョオとエイミーの驚きの表情に若者はにこりと笑って見せた。
メグはその様子を優しく見つめながら言った。
「トムよ、カールの弟の。」


「両親が亡くなって兄と姉さんを頼ってこの街に来たんです。」
トムはメグが荷台に乗るのに手を貸しながら言った。

「ねぇ、私のことは覚えてる?」とジョオは待ちきれなそうにたずねた。

「もちろん!魔法使いのジョオさん。‥今はもうジョオ姉さんだね。」
とトムは今度はジョオの手を取りながら言った。
それを聞きながらジョオはなんだか”姉さん”という響きが
くすぐったくも嬉しく感じられた。

「ありがとう、思いがけない新しい弟が出来て私も嬉しいわ。」
ジョオの言葉にトムもはにかみながら嬉しそうに笑った。





「…ちょっと!」
そのやり取りを遮るようにエイミーが声を上げた。
見るとエイミーは馬車の下でそっぽを向きながら手を差し出していた。
早く荷台に引き上げてくれるように催促しているのだ。

「あれ、エイミーはこんなオンボロには乗らないんじゃないのかい?」
トムは荷台から飛び降りると悪戯そうに言った。

「まぁ、なんて失礼なの!
‥それに第一、ジョオが姉さんなら私だってあんたの姉さんよ。」

「エイミーはエイミーなんだろ、違うかい?」
トムがおどけるように言うと、エイミーはカッとして差し出した手を引くと
顔をそむけてしまった。
トムは笑うと急にエイミーの腰に手を回し、両手でぐっと荷台の上へと抱き上げた。

「ちょっと何するのよ!?」
「さぁさぁ、お嬢さん方、オンボロ馬車で申し訳ないが
そろそろ出発させていただきますよ。」
トムは怒るエイミーを尻目に御者座に飛び乗ると、ぐっと手綱をしごく。
そして短い掛け声をかけるとすぐに馬車は懐かしい街並みを走り始めた。

     *     *     *

そう言えば、ずっと昔の夏の日に少年トムが遊びに来たことがあった。
あの頃はまだあどけなく、エイミーよりも年下のようにも見えたが、
今は背も高く立派な若者に成長していた。
トムはメグの夫、カール=ブルックの年の離れた弟で
今は兄の住むこの街で教師をしながら暮らしているという事だった。
「懐かしいでしょ、エイミー。昔良く遊んでもらったものね。」
メグがくすぐるような目でエイミーを見ている。

「…そうだったかしら?」
エイミーはまだ怒っているのか、そっぽを向いたまま関心無さそうに答えた。
その演技のような仕草を見てメグがクスクスと笑う。
トムもにこやかに笑いながら馬車を走らせていた。


日は大分傾き、西の空の果ては早くも暖かい色に染まり始めていた。
秋の夕焼けが走るように空を染め上げていく。
ジョオは黙って夕空の方向に流れ行く雲を見ていた。
懐かしい街の景色はどこかピースの無くなったパズルのようにしか見えなかった。

そして、我が家に向かう道に差し掛かった時、ジョオは少し胸の高鳴りを覚えた。
懐かしいローレンス屋敷−。
夕日を浴びた白い壁はまるで燃えているかのように真っ赤で、
日陰の闇とのコントラストが一層際立って見えていた。
ジョオは自然な表情を努めていたが、自分の顔が強張っているのはもう分かっていた。
そしてジョオは思った。
自分の中に止まった時間はまだ動いていないことを。

そんなジョオを無視するかのように秋の日はもうかげりを見せ、
夕焼けが遠い夜の帳に溶けてゆく。
もう懐かしの我が家の居間の窓からはランプの明かりが灯るのが見えていた。





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