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ただいまの声が夕暮れの静寂を破る。
わざと急ぐ気持ちを飲み込みながら、ベスはゆっくりと玄関に出た。
扉からは外の冷たい空気が家の中に舞い込んで来る。
それはあたたかい暖炉の空気の混ざり合って姉のコートの襟をはためかせた。





「元気そうじゃない……良かった。」
ジョオは深い愛情の瞳でベスを見つめると優しく抱き寄せた。

ベスは何かを言おうとしたが姉のグレーの瞳が少し潤んでいるように見えて、
ただ黙って姉の冷たいコートに頬をうずめていた。
それだけで十分に幸せだったのである。
エイミーもまた久しぶりに会う母に飛び込むように抱きつくと
この何年かを取り戻すように、いつまでもその腕の中にいた。


「お母さま、ただいま帰りました。」
しばらくしてジョオはメアリーに向き直ると弾む胸を押し隠すようにして言った。
するとエイミーもようやく母の腕から離れ、
レディのようにスカートの裾をつまみ上げると
「ただいま帰りました。」と言いぺろっと舌を出して見せた。

メアリーはジョオを招いて優しく抱擁すると、
ジョオは懐かしい母の香りでようやくわが家に帰って来た実感を覚えた。

「‥少し痩せた?」とメアリーの声。
黙ってうなずくジョオに母は黙って頭を撫でてくれた。
涙もろいハンナはもう横で目を潤ませながらその様子を見つめていた。




玄関に二人の旅かばんがどさりと置かれて、
マーチの家族は我に返った。
トムはもう自分の仕事を終えて、馬車の方へ駆け出していた。

「トム、一緒に食べて行かない?」
気付いたメグが声をかける。

     *     *     *





「いいよ姉さん、それに今夜は家族水入らずだろう?
兄さんが帰ったらまた迎えに来るからさ。」
御者台に登るとトムはウィンクしながらそう言った。

「…もう、カールに似て気遣いなんだから。」
夕日の去った方へと走り行く馬車を見つめながらメグは言った。
その言葉はまるで昔からの本当の姉弟のようで、
ジョオにはそれがなんだか不思議と嬉しく感じられた。

     *     *     *

久々のわが家の食卓にはもうハンナお手製の料理が並び始めている。
そう言えば、朝からろくに食べていなかった。
ジョオはわが家に着いた安心からか、ようやく食欲を覚えた。
見ると足元には三匹の子猫たちがジョオやエイミーの後をもの珍しそうについて歩いて来る。

「ミルキー・アンったら、また子猫が生まれたの?」
その様子を見ながらエイミーが言った。

「違うの、これみんなリトル・アンの赤ちゃんなのよ。」
ベスが言うとまるで分かってるようにリトル・アンが足元で鳴く。

「じゃあ、知らないうちにまた家族が増えていたのね。」
ジョオが子猫の一匹を抱き上げ、のどをさすってあげると
子猫はジョオの指をなめてくれた。

「でも、それだけじゃないのよ。」
メアリーが微笑むと共に後ろの扉からメグが入って来た。

「……えっ!?」
ジョオは思わず声を上げた。
最後に部屋に入ってきたメグの両腕には2人の赤ちゃんが抱かれていたのである。

「…メグ、それって。」
「そうなの、私たちの赤ちゃんなのよ。」
メグは娘のように頬を染めながら、嬉しそうに答えた。

「私も初めて聞いた時はびっくりしたんだから。」
エイミーは自分のことを自慢するように鼻を高々に上げた。
その様子にベスがくすくすと笑う。

「男の子?女の子?ねぇ、名前はもう決まったの?」
矢継ぎ早に質問するジョオにメグは言った。
「抱いてみて、ジョオ。」

「あら、ジョオなんかに抱かせたらまた石炭入れに落としたりしないかしら?」
エイミーが自分の鼻を触りながら言うとジョオは
「あんたはいつまでもそれを言う!‥もう大丈夫なんだから。」
とおっかなびっくりの手つきでジョオは双子の一人を抱き取った。

「その子は女の子でデイジーって言うの、カールが名付けたのよ。」
「デイジー(雛菊)!あなたの娘にぴったりの名前じゃない。」
メグは幸せそうにうなずいた。

「そしてこっちは男の子のデミ(半分の意)。
デイジーの命の半分をもらって生まれてきたからデミにしたのよ。
でも、とっても泣き虫なの。」
だが赤ん坊はジョオの顔を見上げると声を立てて笑った。

「あら!私はあんたのせいでこの年でおばちゃんにされたっていうのに
何がそんなにおかしいのかしら?」
ジョオがりんごのようなほっぺをつつくとデミは小さな小さな手で指を握り
また嬉しそうに声を立てて笑った。




「私は”おばちゃん”なんて呼ばせないわ。
”お姉ちゃん”って呼ばせるの。」
すました笑顔でエイミーは旅かばんを開くと中から綺麗な包みを取り出した。

「はい、”お姉ちゃん”からのプレゼントよ。」
エイミーの手渡した包みをメグが開くとそこには
淡いピンクとブルーの小さなリボンが入っていた。

「どっちか見分けがつかないと新米ママが困るでしょ。」
エイミーが悪戯っぽくウィンクすると、そっと赤ちゃんの襟元に巻き付けた。





「ありがとう、こんなものまで。」とメグ。
双子たちも嬉しそうに声を立てて笑った。

「さぁさぁ、用意が整いましたよ。お食事に致しましょう!」
ハンナの声に姉妹たちがめいめい食卓につく。
あたたかい食卓に家族の笑い声、
この五年の間に自分が忘れていたものがみなここにあった。
なぜ自分はあんなに帰るのにためらいを覚えていたのだろう。
ジョオは席にもたれながらそう感じていた。
ここは私のいた場所、そして帰ってくるべき場所なのだと。

「さぁ、ジョオさん、お腹がすいているでしょう?
たくさん食べて下さいね。」
ハンナの言葉にジョオは笑顔でうなずくとバスケットからパンを取った。

つづく


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