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暖炉の薪がパチパチと楽しそうな音を立てながら燃えている。
久しぶりの一家団らんの中に父の姿は無かったことは残念だったが
姉妹たちの誰もが家族のある喜びを噛み締めながら懐かしい幸せを感じていた。

テーブルには一足早い感謝祭の七面鳥のローストがマーチ家で一番大きな長皿の上に並んだ。
ハンナがサラダの入ったボウルを小脇に抱えながら忙しそうに取り分けて回ると、
その後ろを子猫たちが、昔ミルキー・アンがそうしていたようについて歩いて来る。
ジョオはそんな、かつて当たり前だった光景を愛おしそうに見つめていた。

いつしか美味しそうな匂いで部屋が満ちるとジョオは急に空腹を覚えた。
朝からろくな物を食べていなかったのである。

「さぁ、お祈りをしてこのご馳走をいただきましょう。」
メアリーが笑顔で言うと姉妹たちは足早に決まりの席に着いた。
そして久しぶりに聞く母のお祈りを共にし、ハンナお手製の料理に舌鼓を打つのだった。


食事が済むとふいにエイミーが立ち上がり高らかに宣言した。
「マーチ家のみなさんにお知らせがあります!」
みんなの注目する中、エイミーは自分の旅かばんから
色とりどりの包みを取り出し並べてゆく。



「まずはお母様に‥。」
エイミーはその中の一つをうやうやしく差し出しながら言った。
メアリーが包みを開くとそれは見事な細工が施された、
まるで水晶のような瓶詰めの香水であった。

「まぁ…英国製かしら。」
香水の瓶の細工の素晴らしさにメグは見惚れながらうっとりとため息をつく。

「‥エイミー、あなたは自分のお金で留学しているのではないでしょう?」
その様子を見ながらメアリーがたしなめた。

「ううん、残念ながらあまり高いものじゃないの。
もちろん叔母さまが持たせて下さったお金は倹約しているわ。
生活費をやりくりした中から買って来たのよ。」
さも当然のようにそう言うとエイミーはウィンクして見せた。

メグが自分の包みを開くと中には絹のレースの縁取りのついた手袋が入っていた。
彼女が指を通すと、妹たちにはまるで姉が貴婦人のように見えた。
しばらくの間、メグはその素晴らしい肌触りを満足げに楽しんでいたが、
やがてエイミーに振り返り言った。

「お母さまの香水瓶やこの手袋も素敵だけど、
あなたのその胸のブローチもとってもと素敵ね。」
確かにエイミーの胸元には小さいな深い群青色の宝石のブローチが光っていた。

「…あら。」
エイミーは不意のその言葉にわざと目を逸らしながら、
さも気にしていないといった風に言った。
「これはなんでもないわ、いただいた物なの。」



「誰に!?」

家族みんなの声が重なり、エイミーに注目した。
あまりにも頓狂な声をあげたものだから、ハンナまでもが台所から顔を出す始末だった。

「あら、私だって殿方からプレゼントをもらうことだってあるのよ。
いつまでも”子供のままのエイミー”ではないんだから。」
メアリーは何か言いたげであったが、本気とも冗談ともつかないエイミーのもったいぶった
仕草と口調にジョオが吹き出すと場は元の和やかさを取り戻した。
そしてベスがプレゼントのショールを肩にかけて一回転して見せると家族の喝采を一身に浴び、
誰もがそのことを忘れていった。

「私にはないの?エイミー。」
一人何ももらっていなかったジョオが聞いた。

「言ったでしょ、私はジョオは今回も帰って来ない方に賭けてたの。
だから、お土産も買って来なかったのよ。」エイミーが悪びれずに切り替えす。

「まぁ!」
わざと大きな声を挙げてジョオは続けた。

「元はと言えば、そのお土産の入った旅行かばんがあるのは誰のお陰かしら?
感謝ぐらいして欲しいもんだわ。」
ジョオはおどけた表情でにやりと笑って見せると、
まるで小さな妹にするようにエイミーのきらめく髪の上に手を乗せて言った。



「何かあったの?」
好奇心にかられ、ベスが身を乗り出して聞いた。

「駅でね、ジョオが泥棒を蹴り倒したのよ!」
エイミーが吹き出しそうな表情でそう言うと
「そんなんじゃ何があったか分からないでしょう?」とジョオが水を差す。

そして、ジョオは家族の前で駅で起きた泥棒事件の顛末を披露して見せた。
もちろん彼女得意のお芝居を交えて。
それは幾分か大袈裟だったかもしれないが、エイミーも異論を挟むことはなく
何よりベスは目を輝かせてその小さな冒険譚に耳を傾けた。

     *     *     *

いつしか、メグの双子たちが揃って寝息を立てる頃、
外から聞こえる馬のいななきがトムと兄カール=ブルック氏の来訪を告げた。



ブルック氏は元気そうなジョオとエイミーの姿を見て大層喜び、
是非、二人にわが家にも来てくれるよう固い約束を交わした。
ジョオもまた必ず行くことを伝え、姉と抱き合ってしばしの別れを惜しんでいた。

トムは後ろからその様子を見つめていたが、エイミーのすました知らん顔を見ると
屈託のない笑顔で応じて見せた。
そしてブルック氏はメグと双子を伴い、トムの馬車で蒼く沈む宵闇の家路を帰って行った。

     *     *     *

姉を見送ると急ににぎやかだったわが家の居間が急に静かになったように感じられた。
これが現在のマーチ家なのだろう、ジョオはそう思っていた。

「さぁジョオにエイミー、あなたたちも疲れたでしょう。」
ぼうっとしていたジョオの肩に手を置き、メアリーが言った。
「ジョオはメグの部屋で寝てくれる?
エイミーはお父様のベッドで私と寝ましょう。」

「ジョオの部屋は今、物置きのようになっているの。」と笑いながらベスが付け足す。
ジョオはその言葉に笑いながらうなずくと燭台を手に階段を登った。

     *     *     *

メグの部屋の扉を開くと、部屋のひんやりとした空気が心地よく感じられた。
ジョオは燭台を窓辺の端に置き、ベッドに腰掛けて髪を結い始めた。




そして不意に窓の向こうにはローレンス屋敷があることを思い出した。
思えば、ローリーが隣りに来たばかりの日にのぞいたのも、
彼の部屋の窓が見えるこの部屋からだった。
ジョオは窓辺の蝋燭の灯りが目に入らないようにしながら、ゆっくりと時間をかけ寝支度を済ませた。



ふと口から溜め息が漏れる。
見るといつしか蝋燭は半分程までに溶けかけ、ジョオを気遣うかのようにこちらを見つめながら、
ゆらゆらと赤い頭をゆらしていた。
彼女は立ち上がると蝋燭の火を吹き消すために窓辺に立った。



窓の向こうに夜の闇と溶け合うようにローレンス屋敷の白い壁がぼんやりと見える。
1階にはまだ薄灯りがついていた。
まだローレンス翁が起きていらっしゃるのだろう。
それを見るとジョオの視線は自然に2階の端の窓に移った。



しかし、その部屋は雨戸が閉められ、固く闇の中に閉ざされていた。
確かにその部屋は主を失ってもう何年も経っていた。
そして今尚、その部屋の戸が開かれ、窓に灯りがともることがないことをジョオははっきりと知った。

彼女は心が揺さぶられるのを感じながら、その気持ちをかき消すかのように
強く燭台の火に息を吹きかけた。
部屋は灯りが消え、部屋の中は一層冷たくなったように感じられた。

ジョオは足早にベッドに入ると冷たいシーツの中に身を預け、
毛布の中で膝を抱えながら固く目をつむった。
旅の疲れが早く自分の意識を溶かし、深い眠りの中に沈み込ませてくれるように祈りながら。



つづく


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