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汽車がゆっくりとスピードを落とし、
弓なりに走る線路に沿ってニューコードの駅舎へと滑り込んで行く。
終点間近の車内は急に騒然とし始め、
ジョオもその雰囲気に追われるように短い身支度を済ませた。

ブレーキに車輪のきしむ音が重く響く。
ゴトンと大きく揺れて汽車が止まると旅を終えた人々は我先にと出口に急いだ。
しかしジョオは席を立たず、古い小さなトランクを抱えながら
人の流れが途切れるのを待っていた。

外からは人々のざわめきが聞こえ、
少し開いた窓から、なつかしい故郷の匂いが風になって鼻をなでていく。
そこでジョオはようやく胸の中に重くのしかかっていた気持ちが薄れていくのを覚えた。
そして大げさに深呼吸すると両手で頬をパチンと叩き、心の中の自分に檄を飛ばした。
『さぁ!みんなが待ってるぞ、ジョオ。』

「ドロボーーッ!!」
ジョオが客車から降りたその時、ホームの向こう方から女性の叫び声があがった。
(…引ったくりだ!)
そう思うや否やハンティング帽を目深に被った男が一人、
女物のかばんを抱え、人ごみの奥から飛び出して来た。

男は猛然とこちらの方へ駆け出して来る。
「誰かつかまえてくれぇ!!」
続く駅員の声にハッとしたジョオは男とすれ違いざまに向うずねをカいっぱい蹴り上げた。

「ぎゃっ!」
思いがけない不意打ちに面食らった男は一回転してもんどりうつと、
そのままどうと地面に倒れ込んだ。





ジョオがガッツポーズを見せると一瞬遅れて野次馬たちから喚声が上がった。
後から追いかけてきた車掌は地面でのびている男とジョオを交互に見ながら
眼鏡の奥の小さな目をしばたかせ、しきりに「勇敢なお嬢さんだ」と誉めそやしたので、
なんだかジョオは今更ながらに照れくさくなり地面へと目を逸らしてしまった。
そこにはかばんの中身がこぼれていた。

絹のハンカチ、香水の小瓶…、高価そうな化粧道具の中に交じって
小さな古いスケッチブックがあることにジョオは気づいた。
偶然、開かれたページには鉛筆で描かれた家族のラフスケッチがあった。
喜怒哀楽様々な表情の家族の肖像にジョオは息を飲んだ、
それはマーチ一家のスケッチだったのだ。

「ジョオ!ジョオじゃない!!」
息を切らせた声に振り返ったジョオの目が大きく見開く。

「エイミー!エイミーなの!?」
かばんの持ち主はなんと末の妹、エイミー=マーチだったのだ。
そして二人は固く抱き合うと思いがけない突然の再会を喜び合った。
駅の雑踏はいつしか思わぬ事件をかき消すように元通りの慌しさで姉妹二人を包んでいった。





「…しかし、変わっててびっくりしたわ。」
ジョオがおどけるように言った。

「見違えたじゃない。
‥この袖、なんだか金鉱を照らす大きなランタンのようね。」
エイミーの肩を包むように大きくふくらんだコートの袖を珍しそうにつまみながらジョオはたずねた。

「やーね、なんにも知らないのねジョオは。これはパフスリーブっていうの。これ、英国の最新流行なのよ!」
エイミーはジョオの手をはたくとほっぺたを膨らませるようにして続けた。

「ジョオだって5年前とちっとも変わらないじゃない。
…ほらここ!縫い目がほつれているわよ!」

エイミーが今度はジョオの古着のような深い赤褐色のコートの襟をぐいと指差す。
そして二人の視線が一瞬にらみ合うかと思うとお互いの顔を見合わせ、
また弾けるように笑い合った。


エイミーはジョオがニューヨークに行った後も、
せっせと叔母のマーサの家に通いながらジョオの代役を勤め上げ、
今では自分の夢である美術の道に進むため、
イギリスへの留学を援助してもらうまでになっていた。

「…でもね、今回ジョオは来ないと思ってたのよ?」
エイミーはちらりと横目で見ながら言う、一瞬ジョオの心が波打った。

「私、メグの手紙にも書いたんだから。
当分ジョオは来ないんじゃない?賭けてもいいわって。」
エイミーはジョオに構わずに続けた。

「でも、当てが外れた。さすがのジョオも来るわよね!
私だってとっても楽しみだもの。」

「‥なんのこと?私はベスが病気で・・。」

「あっ、まだ知らないのね!なら良いわ、私もまだ言わない。
さぁ、早く行きましょ。
ブルック夫人がきっとお待ちかねよ!」

そう言うとエイミーは改札に向かって小走りに走り出した。
ジョオはエイミーの後ろ姿を見つめながら、彼女の人生が満ち足りているように眩しく輝いて感じられた。
そしてそっと微笑むと自分も駆け出すのだった。





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